Airbnbがなぜ成り立っているのか私には分かりません

人の良心で成り立っているような、性善説が前提として成り立っている商売というのはいくつかあります。日本で有名なところをあげるとしたら無人駅や野菜の無人直売店でしょうか?自動販売機なんかもそうで、治安の悪い中東の方では成り立たないシステムです。こういったシステムが成り立っているというのは素晴らしいことではあるのですが、そこまで人を信じきっていいのか不安になってしまうのも事実です。
今回話しとして出したいのはAirbnbというサービスで、このサービスも先ほど述べたように良心を当てにした、性善説を前提にして成り立っている商売です。このサービスは赤の他人に家を宿泊施設として貸してもらうというもので、現地の人とより深い交流がとれる、また安い金額でそれなりの宿に泊まれるといった触れ込みで人気を呼んでいます。確かに画期的で、また新しいサービスなのですが、私はどうしてもこのサービスが流行った理由が分からないのです。私個人としては超治安国家である日本ならまだしも、治安がいいとも悪いともいえない海外でこのサービスを利用する気にはなりません。海外である場合、治安の問題以外にも言語という壁もあります。問題だらけ、壁だらけの海外で赤の他人の家に泊めてもらうなど、恐ろしくて普通は出来ないと思うのです。
調べてみたところ、このサービスは2008年に発足したらしいのですが、当初は利用する人が誰もおらず、倒産寸前であったといいます。私としてはそれが本来の形だと思いますし、そうなるべきだと思っていたのですがそこからみるみると業績を伸ばし、現在では半ば認められたサービスとして成長したといえるでしょう。
私がこの先海外に行くことは何度もあるかと思いますが、決してこのAirbnbというサービスを利用することは無いでしょう。人の心というものはそこまで信じきっていいものではありませんし、また人に信じてもらうものでもありません。
間違った選択をしないよう、心がける必要があるのです。

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